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復帰

駐屯地に帰って来てから2日間は、レンジャー訓練で使った資材や武器の手入れの日となり、3日後に中隊に復帰となった。
生活がまたがらりと変わるわけだが、心身はレンジャーでの苛酷な状況に適応していたため、平穏な日常生活を送る上で支障をきたす日々がしばらく続く。
朝目覚めた時、自分がどこにいるのか、すぐに何かをしなければいけなかったか、そうではないのか、困惑してしまう日が続いた。
夜は夜で眠りながらも非常呼集に備えてしまう習慣はなかなか抜けなかった。
特に笛の音には敏感だった。
笛の音は非常呼集を意味するため、それに似た音が聞こえる度に、全神経が持っていかれた。
その症状は長く続いた。街を歩いていても似たような音が聞こえると、一瞬で非常呼集時のフラッシュバックが起こった。
空腹感もしみついていた。どれだけ食べても満腹にならない。常に腹が減っていた。体重はどんどん増えていった。
からだのあちこちには山でついた傷や装備品でできたアザが残っていた。
目に見えない内臓器官なども、健康診断の結果で異常がわかった。
特に肝臓が弱っていて、よくなるまで酒はひかえるように言われた。
身体面の後遺症はさほど問題ではない。自然と良くなる。
だが問題はやはりメンタル面だ。レンジャー訓練が強烈だっただけに、時々虚無感や脱力感を感じてしまうことがあった。
レンジャー訓練は辛く耐え難いものだったが、そこで学んだことは非常に大切なことばかりだった。人間ならいつかは気づかなければいけないことがある。それに気づかせてくれたのが俺のレンジャー訓練だった。
それを守り、磨いていくにはこれからどうすればいいのか。すぐには分からなかった。
新しく生まれ変わったような違和感を覚え、自分の内面にあるものと自分の置かれた環境とのギャップをどうしようかと考えていた。


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終了式

「レンジャー戦闘隊、まわれー右!」
約2000人の各部隊と向き合う形となった。
「婦人自衛官の皆様から学生一人ひとりに月桂冠が送られます」
「レンジャー学生は鉄帽を右手に持て!」
鉄帽を取り、右手に持った。
俺達の頭に月桂冠が被せられた。
勝利の栄冠である月桂冠は、月桂樹の枝葉を輪にして冠としたものだが、顔にべったりとドーランを塗り、山奥から帰って来たばかりの俺達は、葉っぱの冠を被るとジャングルの部族に見えなくもない。
目の前には出迎えてくれた多くの部隊の人達。自分の帰る中隊も近くに見える。
集まって頂いた皆さんに、学生を代表して学生長がお礼の言葉を述べた。
そして終了式の最後、連隊長からの訓示の中で、
「君達はレンジャーとしてはまだ生まれたばかりだ。今後はそのレンジャーバッジをより輝くものとしてほしい。そして連隊のため、ひいては日本のために頑張ってもらいたい」
という言葉が心に残っている。
レンジャー養成訓練は終わった。だがそれは、レンジャー隊員としての始まりにすぎない。レンジャーバッジを手に入れた瞬間、俺達は新たなスタートをきっている。
「連隊長に敬礼」
「部隊気を付けーー!」
「敬礼!」
「なおれ!」
盛大な終了式が終わり、各部隊は解散となった。
俺達は各個にそれぞれの所属する中隊長のもとへ行き、レンジャー訓練の終了報告を完了させた。
中隊長は訓練期間中、何度も激励に来てくれた。
この中隊から送り出した1名として、期待をかけてくれていたのだ。
その期待に応えることができた。こんなに幸せなことはない。
終了報告を完了すると、俺達は室内に入るよう言われた。
用意された部屋で、学生の両親や友人、上司、先輩に囲まれて軽い食事も取り、長距離離脱の疲れを癒した。
俺はレンジャーバッジを両親に見せた。
両親は感心しながらも俺のからだを心配そうにしていた。
実際に、最終想定で10kg近く体重が落ちていた。
だが気持ちはすごく充実していた。
これからは何でも新鮮な気持ちでやれそうだ。
山の中であれもしたいこれもしたいと考えていたことを全部やってやろうと思った。
それを考えていて気がついた。
レンジャー訓練で味わった困難や極限状態に比べれば、自分はなんというたやすい世界に戻ってきたのだろうと思った。
それは驚きとともに、大きな発見だった。
俺は変わり、世界が変わった。


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長距離離脱

夜が明けて、レンジャー戦闘隊は訓練最後の任務である駐屯地への帰来を果たすべく、ベースキャンプを出発した。
キャンプ場をあとにしてしばらく歩くと、この町の民家や商店が集中しているちょっとした通りに出る。
そこを通る時、たくさんのこの町の人々が沿道に並んでいた。
俺達を拍手で見送ってくれたのである。
この場所には、各想定が終わる度に来た。俺達にしてみればオアシスのような町だ。
物々しい自衛隊の車両で来ては慌ただしくお風呂に入り、「三歩以上駆け足」で走り回って買い物をした。
かどのお店で肉まんやあんまんを買い食いしたこともなつかしい。
レンジャー訓練を成し遂げたら今度は遊びでゆっくり来たいと思った。
長距離離脱は多くの人に見送られて賑やかな出発となった。
町を背にして再び俺達は山の中へと進路をとる。
険しい斜面で心臓がバクバクしても、これで本当に帰れるという想いが気分を明るくした。
だがそれも最初だけだった。
やはり昨日までの第9想定での疲労が残っている。
精神的にもなかなか終わりが見えない距離に、時に絶望さえ感じた。
進めば進むほど苦しくて弱気になってくる。
日が落ちるころ、残り約40kmの地点まで来た。
そこで2回目の休憩となった。
約100kmの行程から見れば半分以上来たということだが、まだ40kmも手前では駐屯地が遥か彼方に思えた。
ここから先がさらに苦しかった。
夜になり、すでに深い山々からは脱して峠の車道も歩くようになった。
落ちている空き缶があると思わず蹴飛ばした。喉の渇きがそうさせる。
仲間どうし背中を押したり押されたりして進んでいった。
苦痛を通り越してフラフラになっていた。
途切れ途切れの意識の中、ひたすら足を前に出すことに集中しようとした。
もう少しだと思い続けようとするが、しばらくすると意識を失って歩いていたことに気づくという状態だった。
3回目の休憩地点に到着。出発してから13時間が経っていた。
そこでは各中隊から来ている、学生達の上司の姿があった。
励ましの声に温かみを感じ、嬉しかった。
駐屯地や自分の部隊のなつかしさが沸いてきた。
ここを最後の休憩地点として再びレンジャー戦闘隊は出発。
最終目標は駐屯地の正門近くにある。
山を下り、だんだんと地形が平坦になってきた。
遠くに見えるたくさんの街の灯りが、山に慣れた目には眩しかった。
夜が更けるころには、周辺は市街地になっていた。
駐屯地が近い。
倒れるように前へ歩いた。でなければもう歩く力が残っていなかった。
同行している教官助教の強い励ましの声が響く。
そしてあと数キロ。
なつかしい風景が見えてきた。街は寝静まっている。
駐屯地の外柵、建物が見えてきた。
苦しくてあごが前に出る。視線は空を泳いでいた。
あと数百メートル。
駐屯地の外柵のかどまで辿り着いた。
外周に沿って進めば正門と最終目標地点がある。
そして正門まで数十メートル手前の建物の前に来た時、停止。
長距離離脱の最終目標に到着した。
散開して武器装具の点検となった。
教官助教に武器と背のうを降ろすように言われた。
ここで全員の身なりを整えてから、決められた時刻に駐屯地に入るということだった。
服装を整え、顔のドーランも塗り直した。
水筒の水もキャップに何杯か口にできた。
徐々に正気を取り戻していた。
じっと時が経つのを待った。
東の空が青くなってきた。
その夜明けの空を見て胸が高鳴った。
やがて闇の向こうから日は昇り、苦しみを溶かしていく。
漠然としていたが、ずっとこのような朝焼けを信じていた。
レンジャー旗が掲げられ、俺達は門の横に整列した。
俺はもう一度ちらっと空を見た。朝の澄んだ空は最高だった。
長い夜は終わった。
そして門の正面に歩き出した時、そこには想像もしていなかった大勢の出迎えがあった。
駐屯地に足を踏み入れた瞬間、胸がこみ上げた。
警衛司令の前で異常なく帰来したことを報告。
俺達学生の両親や友人、想定訓練地域の民間の人達から花束を受け取った。俺の両親も来てくれた。
駐屯地中の人々に囲まれた道を、音楽隊の演奏を受けながら俺達はグランドに向かって行進した。
何度もこみ上げてくる涙をこらえて歩いた。
道路の両脇に並んでいる部隊の人達の中から、自分の名前を呼ぶ声がしてそっちを見た。俺はその声が誰だかすぐに分かった。
俺がレンジャーに志願した時以来、何かと激励してくれた人だ。
レンジャー素養試験に受かったときも、その人はすごくボロボロになった戦闘服用のレンジャー徽章を差し出して、持っているようにと言って俺にくれた。
その人が道路に飛び出して俺の名前を叫んでいた。
どうしようもなく涙があふれ出た。
グランドに到着して整列。参列者は約2000名だった。
自衛隊に入隊してまだ1年しか経っていなかった俺は、こんな盛大な出迎えの中、レンジャー訓練が終わるとは思ってもみなかった。
さぞや両親も驚いたことだろう。
そしていよいよ学生長の方から、連隊長に最後の終了報告となった。
「第××戦闘隊は××××での任務を終了し、長距離離脱により、只今帰来しました!人員、武器、装具異常なし!!」
そしてレンジャー徽章の授与。連隊長と教官、助教が俺達のもとへ来た。
歯を食いしばってこらえていた涙が、あふれ出てきた。
連隊長から、一人ひとりにリボンにさげられたレンジャー徽章が首にかけられた。連隊長の目に涙が光っていた。
「おめでとう!よくがんばったな!」
連隊長のあとに教官、助教が続いて学生一人ひとりと対面していった。
右から来る教官の顔を見た時、強烈な思いでからだが震えた。
教官がぼろぼろと涙を流している。
「おめでとう!本当によくがんばったぞ!」
続く助教も皆泣いている。あの恐ろしい鬼のような助教が声を震わせて、俺達をたたえてくれている。
「おめでとう!やったぞ!」「ホントに良かったな!」「よくやった!!」
『とうとうやったんだ!!』という想いがこみ上げてくる。
達成感と喜びで、とめどなく涙があふれ落ちた。
一緒に苦楽を共にした同期の仲間達や、最高の教官助教のもとで訓練ができたことを誇りに思った。
この瞬間のことは決して忘れない。

ある朝のひととき、幸福に包まれながら全てのレンジャー課程は、成し遂げられた。


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最終想定へ

ある日の早朝。暗闇の中。
「ピッ」
俺達が寝ている天幕(テント)に笛が吹かれた。
その瞬間皆一斉に飛び起きた。
非常呼集だ。
「非常呼集。ただちに集合せよ。服装は迷彩服上下半長靴、弾帯・・・」
服装と集合場所を告げて助教がすぐに出て行った。
心の中で悲鳴を上げながらも全速力で着替え、靴を履く。
着替えながら煙草に火をつけ、枕元に置いておいた食べ物と栄養ドリンクをかきこんだ。
指定の場所へ全員そろって駆け足。整列して点呼報告。笛が鳴ってから報告が完了するまで、その間数分。
「総員16名。事故3。事故の内訳××××。現在員15名。その他健康状態異常なし!」
点呼終了。教官から命令が下達される。
次の新たな任務。レンジャー戦闘隊の編成。
そして今回の任務完了後の最終離脱目的地は駐屯地だということが告げられる。
駐屯地・・・・・一瞬なつかしさが込上げる。
いよいよ最後の想定訓練に入るということだ。
第9想定。これがラストだ。
行動計画を立て、装備を整えたら出発準備となる。
最後の山場。長い想定訓練になりそうだが、ゴールは確かに存在し、そして近づいているのだ。
想定訓練中は疲労のせいで自分の人生の記憶が思い出せずに悩んだ。
断片的な記憶はあるが、あまりに今の自分の生活とはかけ離れすぎている。
レンジャー訓練以外の日々が消し飛んでしまっていた。
当時20歳だった俺にとって、その断片的だが思い出される記憶とは両親のことだった。
自分をここまで育ててくれた人の愛情が、自分に何があっても、まるで魔法のように効いていることを知った。
それだけは決して忘れない。
あと自分の好きな映画や音楽はよく覚えていた。ひたすら歩き続ける行軍ではこれらの記憶を積極的に思い出していた。
高校の時に観に行った「ロッキー4」は歩きながら何度も繰り返し思い返していた。
ストーリー、音楽ともに勇気や情熱が湧いてくる映画だ。
好きな歌の歌詞もよく覚えていて、明け方に起きた時によく聴いていた歌は想定訓練中でも、山で夜明けが近づくと思い出した。
考えてみればレンジャー訓練以外のことは、心を奮い立たせるような記憶だけに削ぎ落とされていたように思う。
また訓練期間中は次から次へと先を見据えていなければならず、眠りにつく時でさえ過去を振り返っている暇がなかった。
そして自分がレンジャーになろうと思った原点であり、指標であるレンジャーバッジにすべての照準が合っていた。
不可能と思えることの先にこのレンジャーバッジがある。近づく者に人間の限界に挑戦しろと要求してくる。
こいつを手に入れるにはそれを超えなければならない。
そしてだからこそ、それを手に入れればすべてが変わる。
不可能に思えることが一度でも可能なことに変わればいい。
そのことにはどんな代償でも払う価値がある。
無茶なことでもやれる。
たとえぼろぼろになっても、真に自分を生かせる道だ。
こんな方法を選んだ俺はバカかもしれない。
だが自分にできる最大限のことは、自分のこの身をもってレンジャー訓練に飛び込むことだった。
そしてそれを乗り越えることだった。


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ベースキャンプ

俺達のレンジャー訓練隊には「レンジャー数え歌」という歌がある。
「ひとつとせ 人の嫌がるレンジャーに 好んで来るよな バカもいる」
「そいつは剛気だね そいつはレンジャーだね」
「ふたつとせ ふいて磨いた半長靴 腕立て100回 また100回」
「そいつは剛気だね そいつはレンジャーだね」
レンジャー訓練の苦しさを明るく吹き飛ばすような歌だ。
一から十までの数え歌をみんなで歌いながら、今までやってきた訓練を思い起こした。
教官、助教も自分が学生だった時のことを思い出すだろう。
皆同じ経験をしてきているのだ。
そして左胸に付いているレンジャー徽章を勝ち取り、今こうして教官、助教としてレンジャー訓練に関わり続けているのだ。
俺は自衛隊入隊当時にレンジャーの存在を知り、自分も志願することができると分かった瞬間、挑戦してやろうと決意した。
レンジャーバッジを手に入れることが、自分にとっては不可能を可能にする程の強さや栄光の証しだった。
レンジャー隊員は、訓練する技能の分野は多岐にわたり、限界に挑戦し、どんな困難をも克服して潜入、襲撃、伏撃、離脱等の任務を完遂する能力を修得し、不屈の精神力を練成する凄まじい訓練を受ける。
その訓練を修了したことの証しとしてレンジャーバッジが授与される。
そのバッジと共に、手に入るものは計り知れない。
「カンパーイ!!」
バーベキュー大会が終わった。後片付けが終われば就寝だ。
次の非常呼集のことが頭をよぎる。
明日はどうなるのか。
食べ物と栄養ドリンクを枕元において寝袋に入った。
非常呼集がかかった時に着替えながらも食べるためだ。
非常呼集の合図は「ピッ」という笛の音だ。
この笛の音がしたら指示された服装でただちに集合しなければならない。
そしていつ終わるとも知れない想定訓練が始まる。
寝袋の中で気持ちを整理しながら眠りについた。


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帰来

目の前に輸送用中型トラックがいる。
徒歩での離脱を終える合流地点に到着だ。
想定ではこのトラックをヘリコプターと見なすため、身をかがめながら駆け足で接近し、全員すばやく乗り込んだ。
ベースキャンプへ向け、トラックが動き出す。
助手席に座った助教が仕切りの窓から「水を飲むな」とか「物を落とすな」とか言っていた。
返事はできるが頭の中は真っ白だった。
ただ、さっきまで自分達がいた場所、歩いていた地面が遠ざかっていく
のを肌で感じていた。
荷台に座ってぼうっと一点を見つめていたと思う。
靴の中は靴擦れでヒリヒリ。腕は重量物のおかげで痺れている。
皆弱りきって体重は落ち、迷彩服からは異臭が立つ。
ただ眼光だけが皆異様に鋭く光っている。
皆の姿かたち、顔立ちと体つきの変わり様は親でも一瞬自分の息子かどうか分からないだろう。
ベースキャンプでトラックが停止した。
一つの想定訓練が終わろうとしていた。
全員整列。報告を終え任務完了。
想定訓練の「状況終わり」が告げられる。
教官のほうから非常にけじめのあるセリフがあるのだが忘れてしまった。
とにかく、これでいったんレンジャー戦闘隊の編成は解除され、その後武器の手入れや各装具の整備の時間となる。
服装がジャージ上下に運動靴になった。からだが軽い。
足の靴擦れがひどく、皆びっこをひいていた。
1リットルのジュースを一気飲みした。口をつけたまま止まらなかった。
一気に空になるペットボトルを見て自分でも苦笑。
甘いものばかりたくさん食べた。
食事も何回もおかわりした。どれだけ食べても満腹感が来ない。
時間が決められているのでしょうがなく食べるのをやめるという状態。
皆殺気立って飲み食いしていた。
食事の時間以外でも許される限り常に何かを食べていたと思う。
干ししいたけを水に浸けたみたいにからだがむくんた。
山に来て最初のころ、想定と想定のあいだに日にちがなく、次の日の早朝に非常呼集がかかったが、訓練も終盤に入ってくると、1回の想定訓練の日数も増え、その分整備仕事がメインのゆっくりした日もあるのだ。
束の間の平和な日。食事もとれる。ジュースも飲める。近くの旅館でお風呂に入ってついでに買出しもできる。そして夜には寝ることができた。
朝目覚めて、今日は非常呼集がかからないと分かった日は1日生き延びた気分だ。
ある日の夜、地元の民間の人達を交えたバーベキュー大会があった。
レンジャー訓練隊とその訓練地域の町民の方達との親睦会だ。
俺達学生は少量しかお酒は飲めなかったと思うが、力をつけておこうと肉は一生懸命食べた。その食べっぷりは残飯処理班と形容してもいい。
教官、助教達はとにかく飲む。酒が入ると普段よりも輪をかけて恐ろしい。
まあこういう席では大丈夫なんだが、恐ろしさを知っている俺達は非常に緊張したものだ。
今までの訓練で誰がバテたとか、誰が役者(辛そうに振舞う者)だったとか、官品を落として捜索が大変だったとかいろいろなエピソードが飛び交って話が盛り上がっていた。
関係ない人達から見ればとても楽しげな光景だろう。だが俺達はまるで飛んでくる流れ弾に仰天しているカモの群のようだった。
「お前ら!嫌いな助教の名前を言え!」
「おうおう!誰だ言ってみろ!」
「いません!」
「怒らないから言ってみろ!」
あとが怖いから言えるわけがない。たまにこの質問をぶつけられるが、正直に言うとその助教はますます力を発揮するから嫌だ。
「言ったら許してやる」
逃げ道がない・・・
「おうお前ら!何か歌え!」「芸は身を助けるぞ!」
「レンジャー鈴木(仮名)!同期の桜、歌います!!」
お馴染みの歌がはじまった。
「貴っ様とお~れ~と~は~同期のさ~く~ら~!!」
みんなで大合唱だ。
この歌は自衛隊にいる時このような宴会の席でよく歌った。
同期の友情の歌だ。
「同じ教育隊の~庭に咲く~咲いた花なら~散るのは覚悟~見事散ります~国のため」
そしてバーベキュー大会がいろいろ盛り上がったあと、教官、助教も一緒に、最後にレンジャー訓練隊の歌を歌った。
自分達はレンジャーなんだという思いを噛み締めて。


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離脱

自分のからだに残っているエネルギーがもう残り少ないことを感じつつ、一歩一歩足を前に運んだ。
救出地点までの道のりは長い。
隊の行進も間隔が開いてきた。重量物を担いでいる者、疲労困ぱいに陥っている者がどうしても遅れるのである。
間隔が開きすぎれば先頭は停止し、差を縮めては前へと進む。
各人の武器装具は想定によって決められている。
戦闘隊長の組、前方警戒班の組、無線手以外の人員が資材や機関銃、無反動砲などの重量物を分担し、交代で持つ。
これらの役割は各想定(1~9想定)ごとに交代する。
一度疲労困ぱいになると、荷物を減らし休憩をとらなければ復活するのは難しい。
だんだん重量物を持つ者も限られてくる。
フラフラになっている者の背中を押して歩く者、小銃を2丁持つ者が出てくる。
皆限界を通り越していた。
「ガシャ」
誰かが倒れた音だ。
とうとう倒れる学生も出てくる。
停止命令がかかり、救護の助教が駆けつける。
何とか息を吹き返し、彼は復帰するがその後も倒れ、とうとう病院へ運ばれた。しかし数時間後に再度復帰し、最後まで彼は歩ききった。
だが1名だけどうしても訓練について来られなくなっている学生がいた。
ここまで仲間どうしカバーし合い、励まし合ってきたが彼を引っ張っていくことができなかった。彼は原隊復帰(リタイア)となってしまった。
これはみんなの責任であり、俺達全員の状態を象徴する出来事だ。
人間は苦しいと自分のことで精一杯になってしまう。
だが全員がそれでは次々と脱落する人間を待つだけとなってしまう。
自分が苦しい時はみんなも苦しい。だからそういう時こそ励まし合わな ければいけなかったはずだ。
俺達はもう一度、団結力の大事さを肝に銘じた。
1名原隊復帰で俺達レンジャー戦闘隊は16名となった。
その後も倒れる者、病院へ運ばれる者が出たが、この16名で最後まで乗り切ることができた。
みんなで支え合わなければレンジャー訓練は乗り切れるものではない。
もちろん最後は自分との闘いだ。だがそれは自分に向ける言葉であって、手放しで人に向けるものではない。
倒れそうになる心を甦らせるのはいつでも誰かの声だ。誰かの存在だ。
誰かがついて来られなくなったのなら、それはみんなの責任なんだ。
レンジャー訓練も最終段階に来ているこの状況では、皆分かっている。
仲間がいてくれたから自分はできたんだということを。
うつろになりながらも思い出した懐かしく思う家族の存在。心の支えの人。
それがどれほど自分を支える大きな存在だったか。
自分の存在も、自分で思うほど決して小さな存在ではない。
たとえそこにいなくてもいい。
今一緒にいるのならどれだけできることがあるだろう。


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戦闘

いよいよ戦闘開始だ。
深夜の静寂を破って空砲と擬爆筒が響き渡る。
ドカーン!バンバンバンバン!ダダダダダダン!!
始まった。何とか任務を完了してすぐに脱出しなければいけない。
敵も撃ってくる。敵の上官がわめいている。
バンバン!バンバンバンバン!
敵兵が出てくる。めまぐるしい状況。次第に状況が把握できなくなる。
『みんなは大丈夫か?』
『今、この作戦はうまくいっているのか?これでいいのか?』
ただでさえ疲労や空腹や眠気で頭が働かない。
しかし状況がボーッとすることを許してくれない。
強制的に目を覚まさせようとする。
敵との交戦。鼓膜に響く大きな音。収拾のつきそうにない修羅場。
いろんな状況に出くわし、どうすればいいのか分からないことも多かった。
動きながら同時に先へ先へと考えていかなければならない。
考えて考えて考え抜かなければ、瞬間瞬間を乗り切れない。
だが非常事態がからだを反射的にシャキッとさせるが、苦痛が思考回路を弱らせる。
助教がよく言っていた。
「考える時は頭から血が出るほど考えろ!」
こんなセリフはレンジャーに来るまで聞いたことが無い。
人体の構造的に、どれだけ考えても頭から血は出てこないだろうが、要は何事でもとことんやり抜いてしまえということだ。
自分が今限界に達したということを、最後まで自分で知ることはできない。
その時は倒れた時だからだ。
自分で限界だと思うのは、限界寸前のところまでだ。
しかし自分がもう限界だと感じても、そこからが本当に長い。
極限状態・・・・・この状態のまま永遠とも思える長い時間を経験する。
自分が限界だと思ってもまだずっと先がある。
もう駄目だ、もうもたないと思っても終わるものではない。
『もうあと少し、これをやりきれば・・・』
毎瞬毎瞬思いながら10時間、20時間、30時間・・・
『もうあと少し、あそこまで行こう・・・』
数メートル歩く度に思いながら、10km、20km、30km・・・
思えばこんなふうに瞬間瞬間の過程をただひたすらつないでいった。
振り返ってみれば、こうやって限界をいくつも超えていくことができた。
「苦しい時こそレンジャーだぞ」
教官、助教がよくそう言った。
苦しい時こそ、逆境の時こそレンジャーとしての真価が問われているということだ。
「レンジャー」という言葉は特別な意味を持つ。そして力を持っている。
陸上自衛隊最高の栄光、究極のライセンスだと言われる。
限界に挑戦し、いかなる困難をも克服する選ばれた男だけが持つ証しだ。
だから苦しい時は『レンジャー』と言って歯を食いしばる。
「離脱!」「離脱ー!!」
戦闘隊長の号令だ。
任務が完了したら即離脱だ。
ダダダダダダン!ダダン!ダダダダッ!!
援護射撃をしながら戦闘隊は離脱経路へ。
敵兵が追って来る。
木々のあいだを抜けて走った。
背後にすごいプレッシャーを感じる。敵の助教が迫って来るからだ。
とにかく皆必死で走った。
追っ手がすぐそこに見える。
「手榴弾ー!!」
実際は投げないため敵に向かって叫びながら走った。
想定によっては離脱で何時間も走った。
離脱では常に敵に追われているという想定のため急ぐのだ。
そしてヘリ(訓練では車両)との合流地点まで、また長い行軍となる。


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偵察

どうやら敵の陣地近くの目的地に到着したようだ。
ここを拠点としてこれから現地の偵察だ。
このあたりの詳しい実施内容は、記憶が途切れ途切れで思い出せない部分が多い。
山での想定訓練も3週間で1~9想定まであるが記憶がごちゃごちゃになっている。当時俺は20歳だった。それから15年も経っている。
今でも時々記憶が甦ったり夢に出てきたりするが、忘れていることのほうが多い。逆に忘れられないシーンは何度も繰り返し思い出す。
この壮絶な体験は一生忘れることはできないが、極限状態での飛んでいる記憶を何とか思い出せるきっかけを作っていきたい。
偵察活動でよく覚えているのは捕虜になる恐怖だ。
敵に見つからないように接近して情報収集などをするのだが、待ち構えているのは助教達だ。
夜、暗い山の中に発電機の音が聞こえる。
山頂にある神社の敷地内に、敵の宿営地があった。
軽装備になった俺達は敵の人員や車両などを把握するために近づく。
天幕を出入りする人間が見える。中から明かりがこぼれてくる。
中は温かそうだ。11月の夜の山は凍えるほど寒い。
ふと天幕の横に目をやると、紐でぶら下がっている物がある。
バナナがいくつもぶら下がっている。まるでパン食い競争のように。
飢えている俺達は物欲しそうな顔になっていたことだろう。
でもまさか取りには行けない。
茂みから観察していた俺達の側に、いつのまにか敵の助教が近づいていた。
蛇に睨まれた蛙のように、逃げることもできず俺達は息を殺していた。
俺の側にいた学生に助教が近づき肩をたたいて言った。
「捕虜」
その場に何名もいた俺達全員が、助教から見えていたはずだか捕虜になったのはその時2名だったと思う。
捕虜になったら悲惨だ。絶対に捕まってはいけない。
のちの想定では同じような場面で、皆散り散りになって逃げた。
だが相手はレンジャーの助教だ。学生が獣のように暴れても取り押さえられた。その光景を見ながらこれはだめだとさらに遠くまで逃げた。
幸い俺は一度も捕虜になってないが、捕虜になると裸で外に放置され、見せしめにされ、死ぬほど寒い思いをさせられる。
捕虜になった学生は自力で脱出となるか、銃を使わない隠密処理という格闘方法で救出したりする。隠密処理される敵役の人も大変だ。
ほとんど野生と化した学生に思い切りタックルされるのだから。
偵察及び作戦のための準備が整ったら、拠点に戻って打合せだ。
任務を遂行すればそのまま離脱となる。帰りの帰路に着ける。
この想定の先が見えてきた。
「帰ったら1リットルのポカリスウェットを一気飲みだ」
「ラーメン食うぞ」
そんなことを同期と話した。
それまで永遠にこの山の中で訓練が続くのではないかという不安と悲壮感を感じていた。それはもちろん錯覚だ。レンジャー養成訓練期間中は常に感じていたことだが、疲労の程度によってひどくなる。
自分が何者で過去どうやって生きて来たか思い出せないし、未来という概念が消えてなくなる。あるのは今日と明日だけ。
未来とは思い出すものだ。
苦しい時こそ『希望』を忘れたくない。


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潜入

前方警戒班になった学生が地図とコンパスを使って進路を決めていく。
数名の同行助教らはもちろん最短潜入ルートを知っているが学生が間違えても、遠回りしても何も言わない。
自分達で経路を決め、作戦を遂行するための拠点まで潜入する。
登ったり下ったり、いくつもの山を越えていく。
できるかぎり山の尾根を通っていくが、時には茨や倒木だらけの谷を通らねばならない場合や、片側が急斜面で危ない場所もある。
這うようにして登らねばならないような斜面が続くと一気にばてる。
下りが続くと膝がガクガクになってしまう。
20kgほどある背のうと64式小銃が肩に食い込んでくる。
50kgほどある資材もあり、これは交代で担ぐ。
時間が経つにつれ、感じる重さがだんだん増してきた。
次第にいろんなことを考え始め、神経が過敏になってくる。
喉が渇く。汗が目にしみる。呼吸がつらい。足が重い。
少しでいいから休憩がほしい。
今座ることができるとしたら、どれだけ楽なことだろう。
人間の心は肉体的苦痛に弱い。苦痛から逃れられるならこの命を捨ててしまっても良いとさえ思う。
谷底にちらっと目をやる。
『ここから落ちれば楽になれる』
一瞬そんな考えがよぎることもあった。
だが岩にけつまずいた時、転ばないようにパッと足が前に出る。
足が滑ったら草や枝など、この手は何でも掴もうとする。
からだは反射的に身を守る。からだは最後までそうするのに人間の心とは危ういものだ。やっかいな代物だ。
平時の楽な時はどんな立派なことでも言ったり、できたりする。
だがその行いや考えが本物かどうか、本意が何かは、限界を超えた極限状態になれば分かる。
そこは現実がむき出しになった超リアルな世界だ。
その時は人間の本性が出る。その世界はどこまでも主体的で個人的な世界だ。
すべての責任や原因が自分にあると、まざまざと見せつけられる瞬間であり、体験である。
自分に関係の無いことは、この世界に一つとして無い。
自分の影響力というものを認めなければいけない。
いや、認めるだけでは足りない。この苛酷な状況下、あとはもう精神力しか自由が利かない。苦痛や疲労に負けそうになる心に打ち勝ち、すべてを成し遂げて帰るんだ。
一緒にがんばっている素晴らしい仲間がいる。
つらいのは俺だけじゃない。こっからがレンジャーだ。
自衛隊でよく使われる言葉の、深い意味を噛み締めていた。
–俺を見よ、俺に続け–
繰り返し自分に言い聞かせていた。

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出撃

現在地から目的地まで、地図を見ると気が遠くなる距離だ。
地図は山々の形状を表わす等高線だらけだ。
到達するには一歩一歩足を前に出し続けるしかない。それしかない。
左足の次は右足。右足の次は左足を出せばいい。意地でもそれをやればいい。
物事を成し遂げるにはすべてこの道理だ。今やるべき事は足を前へと運ぶことなんだ。
そしてどんどん進むためには常に現在地を把握することが大切だ。
進めば景色や地形が変わる。時間が経てば状況が変わる。
人間は知らないあいだにとんでもない思い違いをしていることがよくある。
どうやってそれに気づくか。
放っておいても失敗をして間違いに気づく。
地図を信用して進み、すぐに地図が正しかったことに気づく。
日常生活どんな時でもそうだ。地図とは普遍的な原理原則や法則、神様の教えのようなものだ。
山の奥深い複雑な地形でも、何も見えない真っ暗な夜でも、進めば進むほど深く認識することになる。
『地図は正しい』
しばらく歩き続けると気分が高揚してくる。時々そうなるがいわゆるアドレナリンの分泌によるハイな状態だ。からだの防衛本能ともいえる。
そうなると楽だ。だが苦痛という限界のサインを一時消しているだけだ。
このモルヒネが切れた後、一気に疲労が襲ってくる。
今は山の空気、落ち葉を踏む感触が心地いい。再び山に入ったことでからだが喜んでいるように感じる。足の痛みもない。
どこまででも行ける気がする。
できるだけ長くこの状態が続けばいいと思った。


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隊容検査

作戦や潜入経路などが決まり、これから隊容検査を受ける。
服装や武器弾薬、荷物のチェックだ。
全員整列。助教達が一人ひとり学生(俺達)を検査する。
不備があると腕立て伏せなどの体力練成が始まる。
なるべく指摘事項が少ない事を祈った。
なにより持ち物のあちこちにタバコやアメ、キャラメルなどを皆隠しているので緊張する。
助教もそれを見つけようと細かい場所まですべて調べる。
見つかると大変な事になる。
例えばアメが見つかったとすれば、もちろんアメは没収され変わりに罰として2~3kgはある石にマジックで『アメ』と書かれて、背のう(ザック)に入れられてしまうのだ。
そのリスクは皆承知で持っていこうとする。飢えの体験がそうさせる。
「こんなところにチョコレート入れやがって」
助教の声だ。誰かが見つかった。
代わりにでかい石を渡される。
他にも携行品の脱落防止の不備や、防水処置の不備など、あちこちで指摘されている。こういう基本的なことができていないと助教は怒る。
俺もいろいろと指摘されたがお守りの中のタバコと襟の裏のカフェイン(眠気防止の錠剤)は今回は大丈夫だった。後日の想定訓練では見つかってしまったが。
さて隊容検査が終わり、指摘事項の数に応じて全員揃って腕立て伏せが始まった。
これがなかなか簡単には終わらない。
「ロク!・・・・シチ!・・・・ハチ!・・・・・」
一で腕を曲げて、二で上げる。顔は起こす。
だんだんからだが支えられなくなってくる。
「声が小さい!」「しっかり腕を曲げろ!」
助教達の声が飛ぶ。上から押さえつけられたりする。
蹴りも入る。
「腕曲げろコラァ!」「姿勢とれんのかコノヤロー!」
誰かが起きられなくなった。
腕を曲げた体勢のまま、維持する。数は数えられない。
なんとか全員が姿勢をとる。数が数えられる。
だが彼は限界のようだ。必死で腕立て伏せの姿勢をとっているが苦しそうだ。
助教が追い討ちをかける。
「テメー!役者か!?」「役者ヤローが」
『役者』とは苦しそうにしている学生(俺達)に対して使われる軽蔑の言葉だ。
精神的にもどんどん追い詰める。
「貴様のせいで全員が苦しんでるんだぞ!」「終わらねーだろ!」
「テメーはとっとと帰れ!」「原隊復帰(リタイア)しろ!」
容赦なく助教らの罵声が飛ぶ。
だが彼はもうからだが言う事をきかないようだ。
助教達のほこさきが同期の俺達全員に向けられる。
「おいお前達!あいつは原隊復帰するそーだ」
今まで黙って見ていた教官が声を荒げて言う。
「お前達!黙って見てるだけか」
学生長が叫ぶ。
「レンジャー加藤(仮名)!がんばれ!」
皆で声を出し合う。
「あきらめるな!」「立て!」「がんばれ!」
皆人を励ませる力の余裕があるわけではない。今は彼がヘタっているがいつ誰がそうなってもおかしくはない。こういう状況では個々の能力の差はなくなってしまう。どれだけ鍛えても人間の限界というものがある。
俺達は一心同体、お互いに命をあずけあう仲間だ。仲間どうし支えあう気持ちが、最後の力を呼び覚ます。
ぶるぶると震えながら彼がもちなおす。
再び腕立て伏せの数が数えられていく。
そしてなんとか激痛に耐え、終わった。
助教の一言が耳に刺さる。
「出撃前にかなり体力消耗したな。バカなやつらだ」
そう、これから山に入って食べれない、眠れない、飲めない、休めないという日を送るのだ。
こんなヘロヘロの状態で始まってしまった・・・
時は待ってくれない。
再び出撃の時が来た。


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プロローグ~非常呼集

まだ朝の4時ごろだろうか。
天幕(テント)の外に足音がする。
入口のシートをめくって助教(訓練陸曹)が入ってくる。
そして笛を吹いた。「ピッ」
「非常呼集。ただちに集合せよ。服装は迷彩服に半長靴、弾帯、戦闘帽着用。 場所は・・・」
一斉に皆飛び起きて速攻で着替える。
次の想定訓練が始まろうとしている。気持ちを切り換えるしかない。
暗闇の中、バディ(相棒)どうし声をかける。
「準備いいか?」「準備よし!」
天幕の外で全員整列し、号令によって集合場所まで駆け足で向かう。
キャンプ場の会堂に教官と助教がいる。
教官が言う。
「報告。小声でせよ」
我々の隊のリーダーとも言うべき学生長が点呼報告をする。
「第××期!」学生長
「レンジャー!」隊員及び学生長
学生長が続ける。
「総員17名、事故なし、健康状態異常なし!」
これからどんな想定(訓練/演習)かが分かる。
時代はまだ米ソ冷戦が続いていたころだ。
教官が戦況とレンジャー隊の任務を説明する。(命令下達という)
「敵ソ連軍一個機械化大隊がさらに進行、××県の××で・・・・・」
「情報小隊によれば・・・・・する模様。我々レンジャー戦闘隊は××へ潜入し・・・・・」
これから地図や武器弾薬など、作戦に必要な装備を整えて出発となる。
役割分担をしてそれぞれ準備にかかる。
長い地獄の訓練がまた始まった。
集中しなければならない。少しでも他の事を考えると気が変になるかもしれない。
俺は頭がおかしくなる事を恐れた。しかし考えるということも消したかった。
いったいいつから俺はここにいるのか。いつまでこれが続くのか。
思い出せなくなっていた。
このブログでは俺の体験をもとに、自由に素の自分で書いてみたいと思う。


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