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元レンジャー隊員のブログ

100km手前

最終想定の任務、橋梁爆破と伏撃を終えて一旦ベースキャンプに帰来した。
想定中の記憶は大部分が飛んでいる。
爆破で覚えているのは、仕掛けた爆薬から導爆線を引いていく模様だ。
敵に見つからないようにほふく前進とかもしたかもしれない。
伏撃では敵の車両部隊を待ち伏せして攻撃した。
峠道の山側の斜面に身を潜めていたことを思い出す。
橋を爆破し、車両部隊への伏撃が成功して即離脱。
そして再び長い行軍。苦痛と睡魔、喉の渇きと空腹との闘い。
何日間に及ぶ極限状態の中、教官助教に喝を入れられながら、同期のみんなで励ましあいながら、レンジャー戦闘隊は再びベースキャンプに辿り着いていた。
この最終想定が終わるのは100km離れた駐屯地でだ。
まだ100kmある。
今回の最終想定ではベースキャンプは折返し地点にすぎない。
だが徒歩による駐屯地までの長距離離脱が終わると同時に、このレンジャー訓練最後の想定も終わり、そしてすべてのレンジャー訓練の課程が修了するのだ。
100kmという距離は、すでに満身創痍の俺達のからだでは気の遠くなるほどの距離だ。
最後の最後まで決して気は抜けない。
ひとたび歩き出せば、30~40kgほどの装備が重くのしかかり、徐々に体力を奪っていく。
出発までに体力が回復してくれることを祈った。
幸いにもベースキャンプでは食事にありつけることができた。
訓練地域の民間の人達からの差し入れで、元気そうなニワトリ10数羽を頂いた。
ニワトリが動く肉の塊りに見えてくる。
みんなで分け合い、ナイフで捌いて焼いて食べた。
だがこれも訓練のひとつ。普段食べているおいしいところだけでなく頭や足などグロテスクな部分も、食べれるところはすべて食べねば許されない。気味が悪いとか言ってられない。
このニワトリたちのお陰で栄養補給ができた。
長距離離脱の出発は翌朝だった。
もうすぐ、ベースキャンプともお別れだ。
そうしたらレンジャーバッジが射程圏内に入る。
死ぬほど長く感じた訓練も最後の課程である長距離離脱のみとなった。
暗闇に光が差している場所を、遥か遠くに見つけた想いだ。
どん底の暗闇に落ちてはじめて、そこに光が差していたことに気づいた。
レンジャー訓練に参加する前の深く考えてもみなかった物事、水筒のキャップ一杯分の水の有難さ、おいしさ。
必ずしも今日食べれるとは限らない日々に、ありつくことのできた食事。
飲む、食べる、寝る、立つ、歩く、見る、聞く、話す・・・などといった、それまで何でもないと思っていたことの一つひとつの大切さ、それが叶わない時の不自由さを身にしみて感じた。
大なり小なりだが、病気の時に感じるあれである。
あと、希望を持ち続けることは本当に大切だ。
苦しい時は悪いほうへ考えがちだが、それは苦しみが生む幻想だ。
偏った想像でさらに苦しむことになる。
問題なのは、それだけにこころが囚われてしまうことだ。
何か目標を決めて取り組めば、その過程にはうれしいことも嫌なこともある。
それらに左右されず、自分を見失わず、心底望んでいる結果を手に入れるためだ。
ケシ粒ほどの希望でもいい、持っていれば育てていくこともできる。
また、こころに一心に持ち続けようとすることで、精神力も強くなるのだ。


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