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元レンジャー隊員のブログ

長距離離脱

夜が明けて、レンジャー戦闘隊は訓練最後の任務である駐屯地への帰来を果たすべく、ベースキャンプを出発した。
キャンプ場をあとにしてしばらく歩くと、この町の民家や商店が集中しているちょっとした通りに出る。
そこを通る時、たくさんのこの町の人々が沿道に並んでいた。
俺達を拍手で見送ってくれたのである。
この場所には、各想定が終わる度に来た。俺達にしてみればオアシスのような町だ。
物々しい自衛隊の車両で来ては慌ただしくお風呂に入り、「三歩以上駆け足」で走り回って買い物をした。
かどのお店で肉まんやあんまんを買い食いしたこともなつかしい。
レンジャー訓練を成し遂げたら今度は遊びでゆっくり来たいと思った。
長距離離脱は多くの人に見送られて賑やかな出発となった。
町を背にして再び俺達は山の中へと進路をとる。
険しい斜面で心臓がバクバクしても、これで本当に帰れるという想いが気分を明るくした。
だがそれも最初だけだった。
やはり昨日までの第9想定での疲労が残っている。
精神的にもなかなか終わりが見えない距離に、時に絶望さえ感じた。
進めば進むほど苦しくて弱気になってくる。
日が落ちるころ、残り約40kmの地点まで来た。
そこで2回目の休憩となった。
約100kmの行程から見れば半分以上来たということだが、まだ40kmも手前では駐屯地が遥か彼方に思えた。
ここから先がさらに苦しかった。
夜になり、すでに深い山々からは脱して峠の車道も歩くようになった。
落ちている空き缶があると思わず蹴飛ばした。喉の渇きがそうさせる。
仲間どうし背中を押したり押されたりして進んでいった。
苦痛を通り越してフラフラになっていた。
途切れ途切れの意識の中、ひたすら足を前に出すことに集中しようとした。
もう少しだと思い続けようとするが、しばらくすると意識を失って歩いていたことに気づくという状態だった。
3回目の休憩地点に到着。出発してから13時間が経っていた。
そこでは各中隊から来ている、学生達の上司の姿があった。
励ましの声に温かみを感じ、嬉しかった。
駐屯地や自分の部隊のなつかしさが沸いてきた。
ここを最後の休憩地点として再びレンジャー戦闘隊は出発。
最終目標は駐屯地の正門近くにある。
山を下り、だんだんと地形が平坦になってきた。
遠くに見えるたくさんの街の灯りが、山に慣れた目には眩しかった。
夜が更けるころには、周辺は市街地になっていた。
駐屯地が近い。
倒れるように前へ歩いた。でなければもう歩く力が残っていなかった。
同行している教官助教の強い励ましの声が響く。
そしてあと数キロ。
なつかしい風景が見えてきた。街は寝静まっている。
駐屯地の外柵、建物が見えてきた。
苦しくてあごが前に出る。視線は空を泳いでいた。
あと数百メートル。
駐屯地の外柵のかどまで辿り着いた。
外周に沿って進めば正門と最終目標地点がある。
そして正門まで数十メートル手前の建物の前に来た時、停止。
長距離離脱の最終目標に到着した。
散開して武器装具の点検となった。
教官助教に武器と背のうを降ろすように言われた。
ここで全員の身なりを整えてから、決められた時刻に駐屯地に入るということだった。
服装を整え、顔のドーランも塗り直した。
水筒の水もキャップに何杯か口にできた。
徐々に正気を取り戻していた。
じっと時が経つのを待った。
東の空が青くなってきた。
その夜明けの空を見て胸が高鳴った。
やがて闇の向こうから日は昇り、苦しみを溶かしていく。
漠然としていたが、ずっとこのような朝焼けを信じていた。
レンジャー旗が掲げられ、俺達は門の横に整列した。
俺はもう一度ちらっと空を見た。朝の澄んだ空は最高だった。
長い夜は終わった。
そして門の正面に歩き出した時、そこには想像もしていなかった大勢の出迎えがあった。
駐屯地に足を踏み入れた瞬間、胸がこみ上げた。
警衛司令の前で異常なく帰来したことを報告。
俺達学生の両親や友人、想定訓練地域の民間の人達から花束を受け取った。俺の両親も来てくれた。
駐屯地中の人々に囲まれた道を、音楽隊の演奏を受けながら俺達はグランドに向かって行進した。
何度もこみ上げてくる涙をこらえて歩いた。
道路の両脇に並んでいる部隊の人達の中から、自分の名前を呼ぶ声がしてそっちを見た。俺はその声が誰だかすぐに分かった。
俺がレンジャーに志願した時以来、何かと激励してくれた人だ。
レンジャー素養試験に受かったときも、その人はすごくボロボロになった戦闘服用のレンジャー徽章を差し出して、持っているようにと言って俺にくれた。
その人が道路に飛び出して俺の名前を叫んでいた。
どうしようもなく涙があふれ出た。
グランドに到着して整列。参列者は約2000名だった。
自衛隊に入隊してまだ1年しか経っていなかった俺は、こんな盛大な出迎えの中、レンジャー訓練が終わるとは思ってもみなかった。
さぞや両親も驚いたことだろう。
そしていよいよ学生長の方から、連隊長に最後の終了報告となった。
「第××戦闘隊は××××での任務を終了し、長距離離脱により、只今帰来しました!人員、武器、装具異常なし!!」
そしてレンジャー徽章の授与。連隊長と教官、助教が俺達のもとへ来た。
歯を食いしばってこらえていた涙が、あふれ出てきた。
連隊長から、一人ひとりにリボンにさげられたレンジャー徽章が首にかけられた。連隊長の目に涙が光っていた。
「おめでとう!よくがんばったな!」
連隊長のあとに教官、助教が続いて学生一人ひとりと対面していった。
右から来る教官の顔を見た時、強烈な思いでからだが震えた。
教官がぼろぼろと涙を流している。
「おめでとう!本当によくがんばったぞ!」
続く助教も皆泣いている。あの恐ろしい鬼のような助教が声を震わせて、俺達をたたえてくれている。
「おめでとう!やったぞ!」「ホントに良かったな!」「よくやった!!」
『そうか!とうとうやったんだ!!』という想いがこみ上げてくる。
達成感と喜びで、とめどなく涙があふれ落ちた。
一緒に苦楽を共にした同期の仲間達や、最高の教官助教のもとで訓練ができたことを誇りに思った。
この瞬間のことは決して忘れない。

ある朝のひととき、幸福に包まれながら全てのレンジャー課程は、成し遂げられた。


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