欲求不満
われわれの社会では欲求がただちに満足されることは少なく、制限されたり、抑圧されたり、あるいは待機させられたりすることが多い。このように目標に向けられた行動をはばむ条件を障害というが、何らかの障害によって欲求の満足が阻止された場合には、その障害を除去し、乗り越え、あるいは回り道を発見して解決したり、また、他の代わりの目標に切りかえて代償的満足を得たり、要求水準の低下をはかったりする。ところが、それでもなお欲求の満足を阻止している条件を排除することができず、しかもその欲求はあきらめることができないような場合には、その人は落着きを失い、内部の緊張から焦燥の状態に陥る。このように、ある欲求に基づいてある目標に向けられた行動が阻止されることを欲求不満(frustration)といい、このような状況を欲求不満事態(frustration situation)という。
欲求不満を起こす原因は、物理的障害であったり、対人関係などの社会的条件であったり、また、自己の能力だとか、他の種々なる欲求との葛藤などの内的条件であったり、さまざまであるが、ローゼンツヴァイク(Rosenzweig, S.)はこれを次のように分けている。
1.外部的原因
(1)欠乏(privation) 欲求を満足させる対象が本来存在しない場合。食料の欠乏とか、子どもが友達と同じ玩具をもっていない時などがその例である。
(2)喪失(deprivation) 今まで存在していた欲求満足の対象が失われた場合。愛情の対象との別離、好きな玩具の破損、失職など。
(3)葛藤(conflict) 外的な妨害物または障壁のため心理的葛藤が生ずる場合。雨のため子どもの活動の欲求が阻止されたり、交通機関のストライキによって目的地に行かれなくなった場合など。
2.内部的(個人的)原因
(1)欠乏(欠陥) 欲求を満足させるのに必要な機能を欠いている場合。身体的な欠陥、知能が低いこと、能力の欠如など。
(2)喪失(損傷) 今までもっていた欲求満足のために必要な機能が失われた場合。病気や負傷などの場合。
(3)葛藤 個体内の抑圧などによって心理的葛藤が生ずる場合。道徳的水準が高すぎて、良心とか内的抑制傾向とかによって自己の行動が抑制されて、本来の欲求との間に葛藤を生じたり、あるいは失敗の不安や他人から笑われるかもしれないという恐れなどが行動の障壁となる場合である。
欲求不満はこれらの原因が客観的に存在することによって起こるのではなく、むし ろ、これらの原因の主観的な受けとり方が問題である。時には予想された障壁によっても欲求不満が生ずる。また欲求不満が起こるためには、欲求が強いことが前提となるので、基本的欲求が満たされない時に起こりやすい。特に人格的欲求が問題となる。
われわれの社会生活には幾多の障壁が存在するので、欲求の阻止を経験しないではすまされない。しかしながら、欲求阻止の状態がどの程度まで進行したら欲求不満状態に陥るかは、個体によってかなり異なる。すなわち、人はある程度までこれに耐える力をもっており、この欲求不満に耐える力をローゼンツヴァイクは欲求不満耐忍性(frustration tolerance)と称した。
このトレランスは次のような条件に規定される。
(1)生活経験 一般的にトレランスは年齢が進むにつれて増大するが、このことはトレランスが学習のもたらす結果であることを意味する。従って、幼児からの生活経験が問題となる。幼少の時から欲求の充足が容易で、欲求不満の経験が少なすぎると、要求ばかり高くてトレランスは形成されない。また、あまり強い欲求不満をしばしば経験しすぎると、劣等感が強くなり、欲求不満を克服する適当な方法が習得できないで、これまたトレランスは形成されない。これに対して、適当な強さの欲求不満を適当な間隔をおいて経験し、それに適切な家庭教育や社会的訓練が加えられると、欲求不満を克服する合理的方法が学習され、その成功感によって次第に高度の困難にも耐えていくようになる。
(2)知的、技術的能力 知的能力が高く、現実生活についての知識をもっていたり、一定の技術を身につけていれば、欲求不満を克服することができるからトレランスは強くなる。
(3)性格 一般に内向性の人は少しの欲求不満にも挫折しやすいが、外向性の人は少々の欲求不満には負けず、積極的にこれを克服しようとするので、トレランスが強いといわれている。
(4)生理的・身体的条件 正常人に比較すると、身体障害者や神経症患者、アルコール中毒患者などはトレランスが弱い。また、正常人でも疲労時や病気中は一時的にこれが弱まる。