葛藤
人は一時にただひとつの目標だけを追求しているわけではない。互いに相克し、両立しがたい目標を追求することも多い。2つ以上の欲求または動機が同時に存在し、それに基づく誘発性の強さがほぼ等しく、かつそれらの目標としていることが相互に相容れない反対の方向になっているような時は、力が釣り合って、人はその位置から動くことが困難になる。かかる状態を葛藤場面(conflict situation)と呼ぶ。葛藤場面には次のような3つの基本的形態があることをレヴィン(Lewin, K. 1935)が示した。
1.接近 - 接近葛藤(approach-approach conflict)
2つの正の誘発性の間に位置する場合。つまり、両方魅力的であるがどちらかひとつを選ばなければならず、一方を選べば他方を断念しなければならないような事態である。この場合は葛藤場面の中では比較的たやすく行動は決定され、それほど強い緊張状態は起こらない。というのは、正の誘発性をもった対象は、人がそれに接近するほど人を引きつける力を増大し、人が遠ざかるほど人を引きつけるを力減少させるので、一方の目標へいったん接近すると、場の力のバランスは破れ、接近した方の目標に向かう行動がとられるからである。ただし、両者の魅力が大であるほど、また、両者の魅力が小さいほど、決定に時間を要する。
2.回避 - 回避葛藤(avoidance-avoidance conflict)
二つの負の誘発性の間に位置する場合。"前門の虎、後門の狼"といった進退きわまった状態である。負の誘発性をもった対象は、人がそれに接近するほど人を退ける力を増大し、人が遠ざかるほど人を退ける力を減少させる。この場合、一方の対象から遠ざかれば、他方の対象にそれだけ接近することになり、前者の人を退ける力は減少しても後者のそれは増大する。従って、人は振子運動をして、未決定の状態が比較的長く継続し、苦しい状態におちいる。人はなんとかしてこの状態から逃げ出そうとする。この脱出を防ぐためには、その人の自由度を制限し、強固な障壁を設けることが必要である。そうなると、ますます強い緊張状態が発生し、心理的逃避や、退行現象、放心状態、身体硬直などが起こる。戦争神経症はこのような事態において発生する。この葛藤の方が前の葛藤より選択、決定に時間がかかることが多い。
3.接近 - 回避葛藤(approach-avoidance conflict)
正と負の誘発性が同じ方向に存在する場合。"みたし、こわし"の状態とか、"虎穴にいらずんば虎児を得ず"といった場合である。これは同一の対象が正と負の誘発性を同時にもっている場合と、正の誘発性をもった対象に到達するために負の誘発性をもった領域を通過しなければならない場合とがある。このような事態では、対象からある程度離れている時には、負の誘発性の人を退ける力は減少するが、正の誘発性に引かれて対象に接近すると、人を引きつける力より退ける力のほうが強くなる。従って、人はある地点まで対象に接近したところで、引きつける力と退ける力とが釣り合い、そこで立ち往生し、対象に近づいたり離れたりという動揺的行動をとる。