対人認知を歪めるもの
自分が関心をもつ人物に関して、その考えや感情、欲求、能力、性格といった内面的な特性(パーソナリティー)を知ろうとする一連の過程を心理学では対人認知という。
相手に関するわずかな情報、たとえば容姿や体格、姿勢、服装、話し方などから、その人の全体像を作り上げることを印象形成(impression formation)という。たとえ初対面だとしても、信頼できる人かどうか、親しみやすいか、などを判断する。このように初対面の人に対して瞬時に作られる印象は第一印象と呼ばれる。この第一印象はその人に対するその後の評価や態度に大きな影響を与えるため、対人認知のメカニズムを理解するうえでとくに重要である。
人は相手の外見から、いとも簡単にその人のパーソナリティーを判断する。太った人は陽気だとか、口髭を生やしている人は悪人だとか、あるいは美人というだけで感性が豊かで社交的だと決めつけてしまう。そして、その第一印象はその後なかなか変更されないのである。
いくつかの断片的な情報からどのようにその人物像を作り上げるのか、その際、重要視する要素とは何か、どのような歪みや個人差が問題となるかは、一般に以下の要因によって左右するといわれる。
1.初頭効果
人は最初に与えられた情報で相手の印象を固めてしまい、その後に入ってくる情報は、この基本的印象に合致しないものは捨て去るか、合うように意味を変容させて取り込んでいくということが、アッシュ(S.E.Asch,1946)の一連の研究によって示された。
アッシュの実験の一つを紹介しよう。彼はA・B2つのグループからなる被験者に、「ある人物の性格特性である」として、6つの特徴を聞かせ、その人物の印象を比較した。まずAグループには、その人は「知的で、勤勉で、衝動的で、批判的で、頑固で、嫉妬深い人である」と告げた。一方、Bグループには、「嫉妬深くて、頑固で、批判的で、衝動的で、勤勉で、知的な人」と伝えた。つまり、情報は同じであるが、その伝える順序が逆であった。
その結果、Aグループの人たちはこの人を良い人だといい、Bグループの人たちは悪い人だと評価した。たとえば、Aグループの被験者は「この人物は知的で、その能力を仕事に生かしている。彼が頑固だというのは自分の意見をもっているからだ」と言い、Bグループのある人はこう述べた。「この人の勤勉さや知性は、嫉妬深さや頑固さによって発揮されないだろう。彼は感情的で、成功しない。なぜなら、彼は弱いし、彼の悪いところが長所を隠してしまうからである」。
このように、この実験の被験者たちは提示された性格特性の最初の方のものだけを用いてこの人物像を作り上げてしまい、後の方の特徴は、それに矛盾しないように意味づけされたのである。初めに「知的で勤勉」と告げられた人たちは、批判的で頑固なことも良い特性として解釈し、初めに「嫉妬深くて頑固」と知らされた人たちは、知的で勤勉なところがあってもそれが生かされないと決めつけていた。
では、なぜ人は最初の情報を過度に重要視してしまうのか。それは、後からでてくる情報に対しては注意が減退してくるからであると考えられている。また、情報の受け手には、情報を伝達する人は重要なものから順に提示するという暗黙の期待があるからだという説もある。いずれにしても、初めて出会う人に対して最初の方の情報だけで印象形成を行わないようにすることが肝要である。また、逆に相手は自分についての最初の情報から自分を判断してしまいやすいということに注意すべきである。
2.先入観の強さ
人は、相手に会う前からすでにその人に対する印象を作り始めている。初対面の時に抱く印象、すなわち、第一印象だけでなく、事前のわずかな情報だけで人は出会う前からその相手の印象を決めつけ、その印象が実際の人間関係のあり方をも規定してしまう。先入観と呼ばれるものである。この先入観も第一印象と同様に、その後の印象形成に重大な影響力をもつ。
ちなみに、良い印象よりも悪い印象の方が修正されにくく持続しやすいことが、いくつかの研究で明らかにされている。
3.権威者の影響力
初めて出会う前の情報が、ある権威者からのものである場合、形成される先入観は印象形成においてさらに強力な影響力をもつ。
その影響力は専門家の冷静な判断をも狂わせることが、実験によって明らかにされている。精神科の医療現場で行われたテマーリン(M.K.Temerlin,1968)の実験によると、心身ともに健康な人でも、ある権威者(実はこの人も研究協力者)が「彼は一見ノイローゼのように見えますが、実はれっきとした精神病患者なのです」とコメントした場合は、何のコメントも聞かされなかった専門家が誰一人彼を精神病者であると判定しなかったのに対し、権威者のコメントを事前に聞かされた多くの専門家たちが、その人物を精神病者であると判定していたのである。
我々は、先入観や第一印象でその人の人格を決めつけてしまう傾向をもっているが、一度貼られたレッテルはなかなか剥がれないものであり、シェフ(T.J.Sheff,1966)が警告しているように、権威者の影響力というものは、正常者を精神病者に仕立ててしまう危険性すらもっていることを知っておいたほうがいい。
4.光背効果
人は、ある人物に関する情報(容姿や属性を含めて)のなかに自分にとって好ましい特徴を1つ見出すと、その人物についてその他の特徴も不当に高く評価し、逆に自分にとって好ましくない特徴が見出されれば他のすべてを悪い方に解釈してしまう、という傾向をもっている。つまり、自分が好む人は肯定的に受け入れ、嫌いな人に対してはすべてを否定してしまうのである。この傾向を「光背効果」という。
たとえば、ダイオンら(K.Dion,et al.,1972)の実験では、人は無意識のうちに、容姿が魅力的な人は他の心理的、社会的な特徴も優れているとみなしてしまうことが示唆されている。実験では多くの学生に外見的魅力の異なった写真を見せ、その人たちの性格特性や人生における成功のチャンスなどを評価させた。その結果、外見上魅力的な人たちはそうでない人たちよりもすべての点で優れているとみなされることがわかった。(ただし、「親としての能力」に関してだけは低くみられた)
この例とは反対に、初めに相手の好ましい心理、社会的特徴に気づいた場合は、その後その相手の容姿を実際以上によく思うことも光背効果の例である。
5.暗黙の性格理論
人は、自分のこれまでの経験や知識によって相手の人物像を決めてしまうことがある。たとえば、「内向的な人は消極的である」と信じている人が、初めて会った人が内向的であった場合、同時に消極的な性格に違いないと判断してしまうのである。あるいは、長身で目が細く社交的な友人をもっている人が、別の長身で目が細い人と出会うなり、その人も社交的であると決めつけてしまうという例もある。
このような個人の信念体系は、すべてが誤りであるとはいえないが、しばしば対人認知を歪める原因となる。とくに独自のものならば、事実と大きくずれてしまう可能性があり、逆に一般的なものならば、たとえば「東北人は無口でねばり強い」といったようなステレオタイプ的な見方に捕われてしまう危険性がある。
他者を正確に認知するために
他者を正確に理解するためには、まず第一に、これまでみてきたような対人認知を歪める理由についてしっかり把握しておかなければならない。第一印象や先入観に捕われず、時間をかけて判断するという姿勢が大切である。たとえ専門家でも権威者の意見に左右されやすいことは、先に示された通りである。
第二に、普段から他者の感情に対する感受性、すなわち共感能力を養っておくことが必要である。共感とは、相手の感情体験を自分のことのように感じ取る能力のことである。共感能力を養うには、自分勝手な思い込みではなく、常に相手の立場に立って共に考え感じようとする態度を保ち続けることが肝要である。
さらに、自分自身についての理解を深めることも正確な他者認知につながる。自分はどういう「暗黙の性格理論」をもっているのか、どういうタイプの人を好ましく思い、どういうタイプが嫌いなのか、といった点について把握しておけば、他者に対する誤解を防ぐこともできる。先入観や第一印象で相手を判断し、それに固執してしまうのは、結局のところその方が楽だからである。しかし、ほんのわずかな情報にいつまでも固執していると、後になって大きな誤りを犯しかねないということは、繰り返し述べられている通りである。